徳川家康が尊敬した敵将

こん××は、税理士のたまごです。

岡谷繁実『名将言行録』を読みました。
戦国武将22人の逸話が紹介されています。

徳川家康は、武田信玄を尊敬していました。
具体的なエピソードは、下記のとおりです。

① 武田家滅亡

武田家の滅亡後、家康は多くの武田衆を家来にした。
武田衆に会う度、武田信玄を尊敬した。

② 信玄家法

武田信玄の家法は、よく整っていた。
徳川家の軍法は、武田家の家法に則り定めた。

③ 信玄への言葉

武田信玄の病死後、家康は、
『わしは若年のときから、信玄のように弓矢を取り習おうと思って、
万事に気をつけたことが多かった。

それゆえ信玄は、わしにとっては弓矢の師匠である。

…隣国に剛敵があると、こちらは武道を励み嗜むようになり、
また国の仕置きに関しても、敵国の外聞をはばかって、

自然に政道にもたがわず、
家法も正しくなるという道理であるから、
つまりは味方が長久に家を守ることのできる基というものだ。

隣国にこのような剛敵がなければ、味方は弓矢の嗜みも薄く、
上下ともにうぬぼれて、恥を恐れることがないので、

ついには励むことを忘れ、年を追って鉾先が弱くなるものであるから、
信玄のような敵将が死んだのは、少しも喜ぶことではない』
と言った。

徳川家康の武田信玄への言葉は、名言です。
最後まで読んで頂き、ありがとうございます。

追伸:来季のエスパは、小林監督と共にJ1で戦いたいです。

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